2016年05月08日更新

古文が雰囲気だけで読めない理由は読解の最低条件『何がどうした』が厳密に読まないと見えてこないから

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雰囲気だけで古文は絶対に読めない

古文を最後まで読んだはずなのに、結局どんな内容だったのか分からない…という経験はありませんか?

それは、古文を雰囲気だけで何となく読んでしまっているから

古文はかつての日本語。外国語の英語や漢文と違い、意味が分からなくても文字だけはすらすらと目で追えてしまいます。

それゆえに文字を読み終えただけで読んだ気になって、しかし意味が取れていないので内容がいまいち分からない、ということが起こるのです。

古文に限らず言語を読む上では「何がどうした」の読み取りが不可欠

しかし古文では主語が省略され、単語の意味も覚える必要があるので「何がどうした」が読み取りにくくなっています

現代文のように雰囲気だけで古文を読むことは至難の業と言えるでしょう。

古文読解の最低条件は「何がどうなったか」「誰が何をしたか」を厳密に読み取ること

古文読解のためには「何がどうなったか」「誰が何をしたか」を厳密に読み取ることが必要不可欠です。これが分からないようでは読んでいないのと同じことです。

しかし古文では主語の省略が多用されるため、「何が」「誰が」すら読み取れない人も多いのです。

ここで、入試でもよく使われる源氏物語『桐壷』の冒頭を読んでみましょう。

いづれの御時にか。女御、更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやんごとなき際にはあらぬがすぐれて時めき給ふありけり。

はじめより、我はと思ひあがり給へる御かたがた、めざましきものに貶しめ妬み給ふ。同じ程、それより下臈(げらふ)の更衣たちは、ましてやすからず。

朝夕の宮仕につけても、人の心をうごかし、恨みを負ふ積りにやありけむ、いとあつしくなりゆき、物心細げに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものにおぼほして、人の譏りをもえ憚らせ給はず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。

まず1段落に目を通して「ん?」と思ったところはありませんか?

「いとやんごとなき際~時めき給ふありけり」とありますが、その主語がないのです。

2段落は、主語が明確なので単語の意味が分かっていれば比較的簡単に理解できるでしょう。

さらに読みにくなっているのは3段落。なんと、主語がひとつもありません。

3段落の主語はすべて同じ人物か、それともどこかで主語が変わっているのかを判断する必要があります。

源氏物語は古典作品の中でも主語の省略と敬語が多く高校生にとっては最難関。

しかしそんな難しい源氏物語でさえも「誰が何をしたか」を厳密に押さえることが出来れば簡単に読み解くことができます

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敬語や助詞から省略された主語や言葉を推測する

「いとやんごとなき際~時めき給ふ」のは誰か?ということを考えてみましょう。

真っ先に見てほしいのが敬語。「女御、更衣あまたさぶらひ給ひける」と「すぐれて時めき給ふ」で同じ尊敬語の「給ふ」が使われていますね。

つまり、「さぶらひ給ひける」と「すぐれて時めき給ふ」の主語は同じで、すなわち女御か更衣と分かります。

3段落も見てみましょう。

「朝夕の宮仕につけても、人の心をうごかし、恨みを負ふ積りにやありけむ、いとあつしくなりゆき、物心細げに里がちなる」のは誰でしょう。

2段落の内容から、宮中で女御や更衣の恨みを負っているのは帝に寵愛を受ける更衣だと分かります。

その更衣が「いとあつしくなりゆき、物心細げに里がちなる」のを「いよいよ飽かずあはれなるものにおぼほして、世の例にもなりぬべき御もてなし」をした人物がいるそうです。

ここでも敬語に注目。「おぼほして」と「思う」の尊敬語「おぼほす」があります。つまりここの主語も身分が高い人物です。

何を思ったのかというと、弱りゆく更衣を「ますます飽き足りず趣深いもの」と思った、と書いてあります。

さらに先「人の非難も気兼ねなさらず、世の語り草にもなりそうな御振舞だ」。主語は帝だと分かりますね。

ここまで厳密に読んでようやく上の原文が理解できるようになったのです。「何となく雰囲気で」が通用しないことが分かってもらえたのではないでしょうか。

古文読解の復習は必ず何も書き込んでない状態で行う

古文読解の最低条件は「何がどうなったか」「誰が何をしたか」を厳密に読み取ることと述べましたが、これは数をこなす必要がある一方、復習の仕方がかなり重要となってきます。

というのも結局入試や模試の本番で読む古文は余程のことがない限り初めて読む文章になります。

何が言いたいかというと「誰がどうした」を見抜く力自体をどんどん上げていかないといくら古文を読んだところで成績は上がりにくいのです。

英語長文・現代文・古文に共通する「読解」の基礎は書き込みのない状態でスラスラ読めるまで復習することでも述べているように、読解は自力で読めるようになって初めて力がつくのです。

復習をしても主語や助動詞が書き込んであった状態で読んでいては決して自力で読めるようにはなりません。

ですので、古文を復習する時は、何も書き込んでない状態で読んでみて、文の主語の把握、助動詞、単語の意味、ストーリー全体の要旨がスラスラわかるようになるまで繰り返し読む必要があるのです。

古文読解がなかなかできるようにならず悩んでいる人は復習の仕方を変えるところから取り組んでみましょう!

画像引用:instagram.com